日  誌
5月26日(土) 「街」ライブ/「ヨッシーとジュゴンの家」・えびのから・トキタさん・パクさん
7時スタート
6月6日(水) まよなか★しんやライブ(from 沖縄・浦添)
7時スタート チャージ 1000円
6月9日(土) 労働運動の力で革命やろう
われわれは奴隷じゃない
この社会を動かしているのは労働者だ
労働者には国を止める力もある
青年労働者をあくどく搾取し、
戦争に突き進む安倍なんかぶっ倒せ!
職場から大反乱を起こそう

ワーカーズアクションIN渋谷
6月9日(土)午後1時
代々木公園に集合
 B地区野外ステージ(NHK近く)
2007年5月�L

5月�Kへ 5月�Mへ

5月23日(水)
練馬・大泉関越道側道の車止め撤去、断固阻止! 第2弾

「この先行き止まり」の表示 スピードをゆるめるために 35年間さまざまな措置が
近くには小学校 子ども達の通学路があぶない! 「環境施設帯」すなわち通過交通用
道路ではないということが明らか
横断歩道の白線を引く区職員
絶対阻止の意志は固い
吉川区議らも座り込む
タスキを付けた闘うイヌ こっちも
すぐ近くにあるリサイクルショップ「つくりっこの家」の職員と数年ぶりに再会し記念写真
楽天的なソウル・ワーカーズ・ユニオンのメンバー
車止め撤去、第1回目は粉砕
動員された職員は対応不能 「やめてください!」
「現場責任者」の八十島土木課長 お願いするばかりで住民の問い
には答えられず
片野区議は朝から一緒に座り込み 住民の気迫の前に引き上げる職員
車止め撤去、第2回目も粉砕
「帰れ」コールがわきおこる
マスコミも増える一方
姑息にも、道路標識を先行設置 行政と警察が一体で
 住民を排除の為に動員された練馬区役所・土木課の労働者に、「労働者が治安警察のような仕事をさせられるは拒否しましょう!」と訴え続けると・・・区役所の労働者も動揺しはじめ…
それを見た八十島課長、立ち往生!
ペテン的な「交通解除」 見よ!この住民の怒りを
怒る、ソウル・ワーカーズ・ユニオン副委員長
この怒り、未来永劫忘れまい!!
今日の総括
�@練馬区がいかに土建体質に侵されているか(志村区長は長らく土木部長だったそう…)
 それを追認させている翼賛区議会はさらに許しがたい!

�A関越道の車止め問題は、外環問題そのものだ!
 関越道下の「環境施設帯」を車道に代えてしまうことは、既存の関越道・外環の大泉インターにプラスして排気ガスの3重苦が住民を襲うということ。ただでさえ、振動や騒音でで眠れない住民もいるというのに…。
なぜそこまでして車止めを撤去するかといえば、大泉インターに向かってガンガン車が集中するようにして、次に外環の南進をする布石だということ。

�Bしかし、練馬区は区民(労働者・住民)の怒りに火をつけてしまった!
 これまで志村区長は「大泉の渋滞解消・大気汚染緩和のため外環建設に協力を」と関町住民に言ってきた。
ところが、大泉住民にはこの仕打ち!外環目白通りインター建設による排気塔設置は、さらに大泉住民を排ガス地獄に叩き込むだけ。これまで住民同士を分断し、二枚舌を使うことだけで成り立ってきたやり口は、満天下に暴かれてしまった。今後、こんなやり方は通用しない。石原都政・志村練馬区政の道路土建行政に怒る住民が団結し、都・区の労働者が呼応して住民を苦しめる計画への協力を拒否すれば、行政のたくらみなど粉砕できる。

大型道路建設はゼネコンの利権のためであり、死の苦悶に瀕した資本救済策だ。そして、住民無視の暴挙は、改憲情勢ゆえであり、三里塚・辺野古・法政大で起きていることと完全に一体。問題は、沸き起こる労働者の怒りをまとめあげ、階級決起に発展させる革命的な指導部の存在だ。

 あらゆるところに「革命の種」が満ちていることが今回わかった。全国どこでも労働者は怒り立ち上がっている!根本的に世の中を変えるために、団結してたたかおうぜ!

FNN HEADLINES

[ high / low ]  [ high / low ]  2007/05/23 17:55


東京・練馬区の関越道側道に設置された車止め撤去めぐり住民と区が対立


東京・練馬区の関越道の側道に設置された車止めをめぐり、撤去を求める住民と区が対立している。この車止めは、30年間設置されていて、付近の住民の求めに応じる形で区が撤去作業を始めた。
側道の車止めは、1976年の関越道開通で周辺の交通量増加が懸念されたため、住民に配慮する形で設置された。
しかし、車止めを迂回(うかい)した車が通学路や生活道路に流れてくるなど、交通安全の面で危険がともなうようになり、撤去について、住民と練馬区の話し合いが続けられてきた。
そして、22日の区議会で車止めの撤去が決議され、23日午前9時から練馬区は、職員らおよそ100人を動員して撤去作業を行った。
撤去反対派の住民は「これから事故が多発するんじゃないか。一番懸念している」、「子どもたちの安全が危ない」と主張し、賛成派の住民は「道路を造ったのに、いつまで通さないのか疑問だった」と話し、住民の間でも賛否両論ある。
午後5時半現在、3つの車止めのうち、2つまで撤去されていて、最後の1つも撤去が進められている。
練馬区は今後も、反対住民との話し合いは継続するとしている。

昼の「街」
午前の速報をインターネットで流す ヨッシーの勇姿も全国ニュースで報道
イワシ丼。カブの味噌汁。
三里塚の間引き人参の漬物 昼食後、「街」の部隊が大泉現地に総決起
今日の国会前、座り込み
「街」の夕食
夕食はアナゴ玉子丼 三里塚の小松菜の炒め
← 豆腐・エビ豆腐

 デザートはスイカ →

大泉車止め撤去、断固阻止! 第1弾
午後1時からの車止め撤去を拒否して座り込む住民
練馬区土木課労働者が100人近く動員されていた。戦争協力させられた労働者の姿を想像させる!



FNN HEADLINES

[ high / low ]  [ high / low ]  2007/05/23 12:01


東京・練馬区の関越道側道に設置された車止め撤去めぐり、住民と区がにらみ合い


東京・練馬区の関越自動車道の側道に設置された車止めの撤去をめぐり、住民と区がにらみ合いになっている。車止めが設置されているのは、大泉ジャンクションから大泉学園通りに出るまでの側道の中間地点。この車止めは、周辺住民への配慮で設置されたものだが、設置から30年たち、交通環境が変化したことから、練馬区が撤去を決定し、23日、撤去作業に踏み切った。
関越道側道の車止め前には、朝から撤去反対派の住民が座り込みを行っていて、区の職員らとのこう着状態が続いている。
側道の車止めは、1976年の関越道開通で、周辺の交通量増加が懸念されたため、住民に配慮する形で設置された。
しかし、車止めを迂回(うかい)した車が、通学路や生活道路に流れてくるなど、交通安全の面で危険がともなうようになり、住民からも車止めの撤去を求める声が出てきたため、練馬区は23日、撤去作業に踏み切った。
撤去反対派の住民は「子どもたちの安全が危ない」と主張し、賛成派の住民は「道路造ったのに、いつまで通さないのか疑問だった」と話し、住民の間でも賛否両論ある。
練馬区によると、午後には撤去作業を終わらせたいとしているが、にらみ合いは午前11時半現在も続き、作業は止まっている。

関越道沿線住民vs行政"安全"めぐりにらみあい  テレビ朝日
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 東京・練馬区の関越自動車道の側道は、車止めが設置されていた影響で、開通以来、30年間にわたって通り抜けができませんでした。その車止めを撤去する作業が、23日朝から進められています。撤去されるのは、大泉ジャンクションから約1キロの区間にある3つの車止めで、「交通量が増えて危険だ」と主張する周辺住民が撤去に反発しています。

 練馬区では、午前9時から区の職員ら約100人を動員し、開通への準備を着々と行っています。関越道が開通した1976年に沿線住民の要望で、途中3カ所に車止めを設置され、通行止めとなっていました。しかし、その後、住宅地にう回する車が増えたため、区では、今月8日に住民との懇談会を開き、そして、22日に区議会で車止めの撤去が決議されました。そして、23日の作業へと至っています。区では、今後、作業を続け、午後1時にはこの道路を開通させたいとしています。
賛成、反対 住民が殺到 関越道側道車止め撤去 練馬区議会 東京新聞 2007年5月23日
 練馬区議会臨時会が二十二日開かれ、三十年以上前から懸案になっている関越道側道(同区大泉学園町)の車止め撤去に関して、区側に報告を求めた。区議選で新議員が決まってから、すでに一カ月。任期切れまで残り一週間の改選前議員が急きょ請求したという異例の臨時会には、車止め撤去賛成、反対双方の住民ら約百二十人が訪れ、傍聴席に入りきれないほどに。関心の高さをうかがわせた。 (松村裕子)

 臨時会を請求した野党議員は、「議会に諮らず撤去を決めたのは議会無視」「住民の理解を得る努力をしたのか」とただし、二十三日予定の撤去を撤回するよう求めた。

 区側は「これ以上時間をかけても反対住民との話し合いの進展は望めない」との説明に終始。一方、与党議員は「議会の結論を出せなかったのは担当委員会の委員長(野党議員)の責任」と、野党の姿勢を批判した。

 民主などを除く野党四会派は、車止め撤去に関する区の意思形成過程などを担当委員会が検査する決議案を提案したが、賛成少数で否決。

 一方、与党二会派が提出した、交通安全を理由に撤去を容認する決議案が可決された。志村豊志郎区長は「決議を尊重する」と述べた。区は予定通り、二十三日午後一時に車止めを解除する。

 この車止めをめぐって地元住民は、撤去賛成派と、存続を求める反対派とに割れている。双方とも、通学路や側道周辺の生活道路の安全確保を理由にあげている。

 区議会は一九九二年、反対派住民の理解を条件に撤去を求める陳情を採択。その後も賛否両論の陳情が出されたが、継続審議にしていた。
名護は再編交付金支給対象 防衛相 サンケイ新聞 (2007/05/23 13:00)
 久間章生防衛相は23日午前、在日米軍再編に協力する自治体に支給する再編交付金について、米軍普天間飛行場の移設先である沖縄県名護市は支給対象になるとの考えを示した。米軍再編推進法の成立後、国会内で記者団に答えた。

 名護市は現行のV字形滑走路案を沖合にずらすよう修正を求めているため、防衛省内には対象自治体に該当しないとの意見があるが、久間氏は「名護市は(基本的に政府案を)受け入れている」と述べた。

 今後の普天間移設への取り組みについては「法律が通ったので、あらためて正式に環境影響評価法に基づく手続きを粛々とやっていく」と述べた。
「茶髪は解雇」覆す フリーター泣き寝入りしない (東京新聞) 2007年5月20日 07時42分
 「茶髪」を理由にアルバイト先から解雇されそうになった16歳の少女が立ち上がった。東京都内に住む福家(ふくや)菜津美さん。フリーターらの労働組合「首都圏青年ユニオン」に加わって団体交渉に臨み、会社側の姿勢をただした結果、雇用継続を勝ち取った。「自分と同じような目に遭った人のためにも言わなくちゃって、がんばった」。少女の笑顔は、不当解雇にも泣き寝入りしてきた非正規雇用者たちに、希望をもたらしそうだ。 (佐藤直子)

 「まじめに働いてきたのに、なぜ辞めなくてはならないのですか」

 4月下旬、団体交渉が行われた豊島区内の会議室。机の向こう側の会社幹部や解雇を言い渡した店長、顧問弁護士に向かって福家さんは一息に言った。弁護士が答えた。「髪の色が、店の規則に合っていないからです」

 地元のファミリーレストランでアルバイトを始めたのは中学卒業後の昨年4月。時給820円で週3日、夕方6時から深夜10時までフロアで働く。週5日は早朝から隣町の牛丼店でも働き、バイトの掛け持ちで毎月の収入は14万円ほど。体はきついが、将来の進学や家計の援助のために頑張ってきた。

 そんな生活が今年3月に変わった。ファミリーレストランの新任の店長が従業員の身だしなみを細かく注意し、福家さんには、従業員マニュアルの色見本に沿って、髪の染め直しを求めてきた。

 福家さんは、突然の指示に戸惑った。仕事中は清潔感を保つため長い髪を小さくまとめ、装飾品は一切、外した。客から苦情が出たことは一度もなかったという。

 「前の店長には注意されなかった。すぐに髪を黒く染めろと言われても納得できません」。反論する福家さんに、店長は「一緒に働けない。辞めてもらう」と解雇をほのめかした。半年ごとに更新されるバイトの契約期限は7月末だったが、その期限すら守られない“通告”だった。

 福家さんは4月、知人の紹介で首都圏青年ユニオンのドアをたたく。フリーターの若者たちが、個人で加入している労働組合。組合員になれば団体交渉権が行使でき、会社側と渡り合えることを知った。

 「前の店長は仕事ぶりを認めてくれて時給も20円上げてくれた」。交渉の席上、涙ぐんで声を上げた福家さんの横で、同ユニオンの河添誠書記長は「有期雇用を繰り返してきた福家さんを雇い止めにするには正当事由が必要」と主張した。これに対し「(店長の言葉などに)解雇の意味はなかった」とする会社側は、約1時間の交渉の末、雇用の継続を約束した。

 同ユニオンによると、非正規雇用者の増加を受け、労働者の組合組織率は2割を切っており、残り8割は不当解雇にも泣き寝入りしているのが実情という。

 同ユニオンなどは20日正午から、東京・千駄ケ谷の明治公園で集会を開催。福家さんも体験を報告する。参加無料。問い合わせは集会実行委員会=電03(3468)5301=へ。

暫定滑走路を3500メートルにする?!

――東峰区を抹殺する気か! 
三里塚芝山空港反対同盟 ブログより
5月12日付千葉日報
地元空港利権団体が
「3500メートル化を要求して大会を開催した」
との新聞記事(5月12日付千葉日報)

■成田空港関連企業で構成する「成田空港の機能拡充と地域経済の活性化を実現する会」(会長=野間口勉成田商工会議所会頭)は、5月11日、成田国際文化会館で190人を集めて「平行滑走路の3500メートル以上への延伸などを求める」大会を開催しました。空港会社の黒野匡彦社長も参加し、「成田がこのままでいいのか、という視点で議論してもらいたい」と地元財界の動きを歓迎するあいさつをしました。
■冗談ではありません。暫定滑走路の3500メートル以上への延伸は、北に延伸して2500メートルにするのに加えて、さらに南に1000メートル以上延長しようという話です。そこには3軒の農家を含めた計4軒の住民が暮らしているのです。この東峰区の住民をどうしようというのでしょう。「死に追いやる」(5月12日の緊急集会での萩原進事務局次長の発言)という話です。
■それもこれも空港関連企業私的利益のためです。他人を踏みにじり犠牲にして、自分たちの利益だけをむさぼる――これが、成田商工会議所などの主張していることなのです。こうした考え方こそ、格差社会に象徴される今の社会の荒廃の根源です。同盟員の市東孝雄さんの耕作権を奪うために「1億8千万円の補償がされるのだから何の文句があるのか」(昨年9月14日、千葉県農業会議)という暴言が飛び出すことにつながる発想です。
■「し烈な競争に勝ち続け、自らがのし上げり続けなければ生存そのものが許されないような世の中で、誰がマトモに生きていけるだろう」(32歳=元フリーター)という告発の声が、今若者たちの間で爆発的に広がっていますが、私たちはこうした告発の先頭に立ちたいと思います。
■国や権力や金持ちの横暴にあくまで抵抗しぬく、これが反対同盟の主張です。私たちの闘いはすべての人の生きる権利、幸福を追求する権利を守ることにつながると確信しています。3500メートル以上の延伸という暴挙を許しません。

5・19全国集会、540名で成功!
 作成日時 : 2007/05/22 14:29

とめよう戦争への道!百万人署名運動

http://million.at.webry.info/200705/article_12.html
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 百万人署名運動は5月19日、「いまこそ改憲阻止へ!5・19全国集会」を開催しました。参加は540名でした。集会の最後に立った西川重則さんは、「戦争を止めるのは議会じゃない、人民だ。改憲阻止にむけて全県的に連絡会を! 横のつながりを強化しながら、真の意味でリーダーシップのとれる運動を!」と訴え、歴史的な集会をまとめました。集会後は自民党本部からアメリカ大使館前を通り、国会周辺を歩くデモを行いました。

オープンスペース街の皆さんの日誌↓
http://kumanomi.suichu-ka.com/machi2007.5.10.html


 集会は岩井健作さん(牧師、呼びかけ人)の開会挨拶で始まりました。岩井さんは、海上自衛隊を投入した辺野古「事前調査」の強行を弾劾するとともに、「今一度、地域から運動を!」をモットーにして、peopleが立ち上がる礎になる行動をともに進めていこうと訴えました。
 「9条改憲阻止の会」の蔵田計成さんは、リレーハンストを貫徹して、行動こそが最高のプロパガンダだと実感したこと、たとえ少数者でも国会前での政治空間を切り開くことができたこと、来る6・15闘争を、改憲阻止への大きな一歩としていくと話しました。
 参議院議員の近藤正道さん(参院憲法調査特別委員)は、改憲投票法の問題点を明快に語りながら、「議員立法に付帯決議は異例のこと。しかも18項目も並べて、それらの検討を続けると言いながらの採決なんでデタラメだ」と採決強行を弾劾しました。そして、3年間の改憲阻止の本番が始まった、今こそ力を合わせて闘おうと訴えられました。
 この3月まで国立市の市長だった上原公子さんは、右派の台頭の激しさに警鐘を鳴らしながらも、埼玉で行われた地方公聴会での元県議の「日本は天皇制の国家である」という発言を例にあげ、本音をもらす右派の発言をうまく利用して、改憲反対の運動を強くしていこうと話しました。また、警視庁が120数ヵ所の交番を廃止し、パトロールを強化し、交番は民間に貸し出すという方針を打ち出したことを例に出し、現代の自警団づくり・隣組の形成が始まっていると述べ、このようなソフトな形での戦争国家づくりとも闘わなければならないと話しました。

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 「朝鮮有事と9条改憲」というタイトルで講演した梅田正己さんは、「北朝鮮のミサイル発射実験や核実験は大々的に報道されたが、なぜ北朝鮮はこのような愚かな行為に踏み出しているのかという論議がまったくなされていない」と切り出し、「北朝鮮脅威」キャンペーンがいかにデタラメであるかを具体的に批判しました。

 梅田さんはまず北朝鮮とアメリカが歴史的に今も戦争関係にあることを示し、北朝鮮政府にとって最大の脅威はアメリカであること、そのリアルさを踏まえなければならないと提起しました。そして、日本の自衛隊は、それを政治利用し、米軍のような軍隊へと変貌しつつあること、その仕上げが9条2項の破壊、改憲であることを話しました。

 続いて、「裁判員制度はいらない!大運動」事務局長の佐藤和利弁護士から6・29集会のアピールが行われました。
 休憩をはさんで、事務局次長の小田原紀雄さんが、「本集会を9条改憲阻止への再出発の機会にしよう」と題して基調を熱烈に提起しました。

<基調提起ー方針部分の骨子>
�@北朝鮮脅威論にも対応できる恒常的な学習会、政治討論の場を設定しよう。いわゆる活動家ではない人々にも参加を求め、エネルギーを蓄えよう。

�A連絡会運動の点検と再組織化を。賛同人どうしの交流を深め、この人々の知恵、力、人脈を掘り起こそう。攻勢に出て、その過程で連絡会活動を再組織しよう。

�B9条改憲阻止の闘いは反戦・反基地闘争の昂揚と一体。共闘と連携を深めて反戦反基地闘争を展開しよう。パトリオット3配備と辺野古新基地建設の阻止を。

�C格差社会に怒り、労働者と反戦・反改憲の戦列を組もう。労働者や学生は職場や学園で闘い、闘う仲間を増やそう。労働者の団結と闘いは、反戦・反改憲の民衆運動との連動・連携の中でさらに強まり発展する。

�D百万人署名運動の生命線である署名の拡大をなんとしても推進しよう。この3年間の攻防の中でまず100万人の署名を達成しよう。そのためにも労働者を主体とした連絡会を全国に拡大していこう。

�E改憲阻止運動の広範な統一戦線を構築しよう。「小異を残して大同につく」という原則に確信を持ち、運動主体としての力量をさらにつけて共闘の役割を果たしていこう。

 続いて5つの連絡会から報告とアピールが行われました。新潟から小野坂弘さん、埼玉から石井碩行さん、兵庫から梶原義行さん、広島から伊豆ハルミさん、東京北部地域から五條敦さんが発言しました。石井さんはパトリオット配備阻止を訴え、梶原さんは百万人署名運動の意義を明快に語りました。

 2時間半の集会でしたが、内容の濃い、闘いへの意欲に満ちた集会だったと思います。また、カンパアピールで発言した神奈川県の女性の“自分はなぜこういう運動に参加したか”という話も心に残りました。


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